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東京地方裁判所八王子支部 平成7年(わ)737号 判決 1996年3月08日

主文

被告人を懲役五年六月に処する。

未決勾留日数中一七〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成六年一二月ころ、かねてから知り合っていたA子と同棲して以来、同女と離婚した前夫との間の子供であるB子(本件犯行当時六歳)及びその一歳年上の兄とも一緒に生活し、平成七年四月、A子と婚姻すると同時に子供二人と養子縁組をしたが、B子が、夜なかなか寝つかずに、兄を起こしたりして、被告人らの生活の妨げとなるとか、反抗的で、自己の思いどおりにならないなどとして、とりわけ、B子に対して、頻繁に、殴る、蹴る、叩くなどの激しい暴行を加えていたところ、同年六月二一日、子供二人を当時の被告人方である東京都八王子市《番地略》所在の甲野一〇一号室においたまま、A子や友人等と飲酒に赴き、翌二二日午前四時四〇分ころ、A子と共に帰宅したが、B子が畳の上で寝ていたのを見て、同女が、前述したように、夜なかなか寝つかずにいる傾向があったことから、出掛ける際、同女に対して、「今日は寝ちゃだめだよ。帰ってきて寝ていたら怒るからね。」などと言いつけてあったのにもかかわらず、その言いつけを守らなかったとして、これに立腹し、寝ていた同女を起こして、その頭部及び顔面を平手で二、三回殴打し、その尻部を手拳で七、八回殴打した上、同女を抱え上げて、浴室まで連れて行き、同女を浴室の洗い場の床に尻部から落とすようにして入れて、湯を出し、シャワーホースを手に持ち、そのシャワーの先を同女の身体に向けて、湯を浴びせかけ、浴室の奥に向かうように、被告人に背を向けて、悲鳴を上げながら、熱さから逃れようと、左右に逃げまどっている同女の背部、顔面等に熱湯を一、二分間にわたってかけ続ける暴行を加え、同女に顔面・右背面・右上腕後面熱傷等の傷害を負わせ、よって、同日午前六時一二分ころ、同市台町四丁目三三番地一三号所在の東京都立八王子小児病院において、高温の液体の作用に基づく湯傷ショック及び全身への外力に基づく外傷性ショックの競合により同女を死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)《略》

(補足説明)

弁護人は、被告人は、シャワーで被害者に湯をかけた際、その湯が熱湯であることを認識していなかったのであるから、暴行の故意がなく、したがって、被告人については、傷害致死罪が成立しない旨主張する。

そこで、以下のとおり検討する。

1  関係証拠、特に、東京慈恵会医科大学法医学教室医師重田聡男及び同高津光洋共同作成の鑑定書によると、被害者は、顔面や躯幹部背面右側を中心に体表面積の大略一五パーセント内外に及ぶ第二度湯傷があり、被害者が着衣のままであったのにもかかわらず、このような広範囲にわたって湯傷が生じていることからして、この湯傷は、被害者が瞬間的に熱湯を浴びたことによるものではなく、摂氏約五〇度以上の熱湯を一分間ないし二分間継続的にかけたことによって生じたものであることが認められるから、被告人が、一分間ないし二分間にわたって、摂氏五〇度以上の湯を被害者にかけ続けたことが明らかである。

2  また、関係証拠によると、本件シャワーは、湯用のつまみのみを回した場合、約三〇秒後までは水であり、その後次第に湯温が上がって約四〇秒後に摂氏約五〇度、約六〇秒後には摂氏約五五度、約一二〇秒後には摂氏約五九度に達して以後同温状態になるものと認められるから、前記のように、被害者の湯傷が、摂氏約五〇度以上の熱湯を一分間ないし二分間継続的にかけたことによって生じたものであることに照らすと、被害者に湯をかけた際には、本件シャワーについては、湯用のつまみのみが回され、水用のつまみが回されずに、湯だけが出されていた可能性が高いものと認められ、被告人の供述によっても、被告人は、本件時、手で触れてみるなどして、シャワーの湯加減を確認したことはなかったから、被告人が仮に水用のつまみを回していたとしても、わずかであって、シャワーの湯が熱くなりすぎないように配慮したことはなかったものと認められる。

3  ところで、被告人は、洗面台のつまみを回して湯を出してからシャワー用にコックを回した際、足元にシャワーの湯がかかったが水に近く感じ、また、本件時、自己がシャワーを浴びる際と同様の操作をしたにすぎなかったから、被害者にシャワーの熱湯がかかったことは認識していなかった旨供述する。

しかしながら、関係証拠によると、被告人は、本件当時、判示エステートピア甲野一〇一号室には約二か月間居住していて、本件のシャワーの使用方法を十分知っていたと認められるから、前記認定のように、本件シャワーは、湯用のつまみのみを回した場合、当初は水であるものの、その後次第に湯温が上がってくるものであることを認識していたと推認され、また、自己がシャワーをあびる際と同様の操作をしたにすぎないのであれば、本件のように、摂氏約五〇度以上の熱湯を一分間ないし二分間継続的にかけるといった事態が生ずるわけがない。

また、関係証拠によると、被告人は、被害者にシャワーの湯をかけている間、シャワーホースを手に持って、浴室の入り口付近で、おおむね被害者の状況を見ていて、判示認定のように、被害者が、浴室の奥に向かうように、被告人に背を向けて、悲鳴を上げながら、熱さから逃れようと、左右に逃げまどっているのを認めながらも、その背部、顔面等にシャワーで湯をかけ続けていたものと認めることができるから、このような被告人が、本件時、シャワーの湯が水に近いと感じ、被害者にシャワーの熱湯がかかったことは認識していなかったとは到底信じられない。

さらに、これに加えるに、被告人は、判示認定のように、本件犯行に至るまでの間、被害者に対して、頻繁に、殴る、蹴る、叩くなどの激しい暴行を加えていたこと、本件時においても、被害者が、夜なかなか寝つかずにいる傾向があり、出掛ける際、「今日は寝ちゃだめだよ。帰ってきて寝ていたら怒るからね。」などと言いつけてあったにせよ、妻と共に、被害者らの幼い子供らを自室に置いたまま、午前四時過ぎまで遊び回り、この間、わずか六歳の被害者が寝入ることなく、起きたままで待っていることはおよそ考え難いのに、帰宅するや、言いつけを守らないで寝てしまったとして、これに立腹し、寝ていた被害者を起こして、その頭部、顔面、尻部を殴打した上、被害者を抱え上げて、浴室まで連れて行き、着衣の上からシャワーの湯を浴びせかけるということ自体、冷静な合理的思考をはるかに越えた行動というほかないことなどにも照らすと、被告人が、シャワーから熱湯が出ていることを十分認識しながら、これを被害者に向けて浴びせかけたものと推認するに難くない。

以上、要するに、被告人の前記弁解は信用することができず、判示認定のとおり、被告人は、被害者の背部、顔面等に熱湯をかける暴行を加えたものと優に認定することができ、この認定に合理的な疑いを差し挟む余地はないというべきである。

したがって、弁護人の前記主張は採用することができない。

(累犯前科)

被告人は、

<1>  平成三年三月一四日、東京地方裁判所八王子支部において、覚せい剤取締法違反の罪により、懲役一年二月に処せられ、平成四年六月一八日、右刑の執行を受け終わり、

<2>  その後犯した恐喝罪により、平成五年四月二三日、同地方裁判所同支部において、懲役一年四月に処せられ、平成六年七月二一日、右刑の執行を受け終わった

ものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書及び判決書謄本(平成五年四月二三日宣告分)によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二〇五条に該当するところ、被告人には前記の各前科があるので、同法五九条、五六条一項、五七条により、同法一四条の制限内で三犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役五年六月に処し、同法二一条を適用して、未決勾留日数中一七〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、妻の連れ子で、自己の養子である六歳の被害者に対して、頭部等を殴打した上、浴室に連れて行き、シャワーで熱湯を浴びせかけて、湯傷ショック及び外傷性ショックの競合により死亡させたという事案であるところ、被告人は、悲鳴を上げながら逃げまどっている被害者に熱湯をかけ続け、第二度湯傷を負わせて死亡するに至らせたものであって、その犯行態様が残虐かつ悪質であること、死亡という重大な結果をもたらせたものであるのみならず、身体の広範囲にわたって表皮剥離、皮膚変色がみられ、特に顔面及び背面などは真っ赤に変色しており、逃れるすべもないまま、一緒に生活をしていた養父である被告人からむごい仕打ちを受けて死亡するに至った被害者はまことにあわれであること、被害者は、被告人の暴行によって両目付近や顔面等が腫れ上がるなどしていて、保育園に行くこともできず、また、周囲の者を大変心配させていた状態にあり、現に、被害者の解剖結果によると、胸腺萎縮、副腎菲薄、ほぼ全身にわたる出血、厚層な血腫形成などがみられ、本件に至るまでのかなりの期間にわたって、被告人から、頻繁に、殴る、蹴る、叩くなどの激しい暴行を受けていたことが明白であること、被告人は、これらの暴行を被害者に対する教育のやり過ぎであったとの趣旨を述べるが、このような暴行が、教育やしつけの範ちゅうに入るとは思えず、本件時のように、わずか六歳の被害者に対して寝ることを禁じた上で、一歳年上の兄と共に自宅に残したまま、前日の午後四時過ぎから当日の午前四時過ぎまで、妻と共に外出して、飲酒するなどして遊び回り、帰宅するや、言いつけを守らないで寝てしまったとして、被害者に対して、その頭部等を多数回殴打したばかりでなく、熱湯を浴びせかけるといった行為は、子供である被害者の人権を全く無視した暴挙であって、もはや虐待というほかなく、被告人は、被害者に対して、その場の易変的な気分、感情のままに接していたことが窺え、被告人の被害者ら子供に対する保護能力は甚だ疑問であるといわざるを得ないこと、被告人は、これまで、傷害等によって二回罰金刑を受けたほか、覚せい剤事犯、恐喝等によって三回も懲役刑の言渡しを受けて、二回服役したのにもかかわらず、前刑出所後一年間も経過しないうちに本件犯行に及んだこと、これに加えて、捜査段階の当初において、犯行を全く否認していたことも無視できないことなどに照らすと、被告人の犯情は甚だ芳しくなく、その刑事責任は重いというべきである。

そうすると、被告人は、本件犯行直後、被害者の異変に気付き、被害者を救護しようとして、病院に連れて行ったこと、糖尿病等に罹患していて、それからくるいら立ち等が本件犯行に影響を与えたとみる余地もないではないこと、その反省状況などの被告人について酌むべき情状をも考慮した上、本件については、主文のとおり刑の量定をすることが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田 健 裁判官 綿引 穣 裁判官 甲良充一郎)

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